手ぶら登園保育コラム

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“答え”のない「7つの問い」から、未来の教育を考える——永田佳之 #保育アカデミー

コロナ禍の到来をはじめ、「先が見えない時代」と盛んに言われる今の社会。簡単には解決できない問題をたくさん抱えるなか、私たちはどんな姿勢で子どもを育んでいけばいいのでしょうか。

「素敵な、良質な問いを持つ大人が増えることがすごく大事だと思うんです」

そんな言葉とともに、“正答”のない問いを優しく投げかけてださったのは、聖心女子大学教授の永田佳之先生です。

国際協力を専門とする永田先生ならではの、深い7つの質問。世界の教育現場で行われている事例も添えながら、保育者に「子どもと一緒に学び続ける」大切さを教えてくれました。

(この記事は、2021年2月に開催された『冬の保育アカデミー』(主催:大友剛)のオンライン講義の内容を、メディアパートナーとしてベビージョブ編集部が再構成したものです)

「問い」と共に歩む教育を

永田私は教員をしながら、教育学の分野で「国際協力」を研究しています。そのなかで、『ユネスコ』(国際連合教育科学文化機関)にかれこれ25年ほど、そして『ESD』(持続可能な開発のための教育)に15年ほど携わってきました。

ESDは「地球を持続可能にするにはどんな学びが必要か?」を考える教育で、『SDGs』(持続可能な開発のための17の目標)とも深く関わるものです。これまで小中高の教育で意識されてきましたが、最近は大学教育、そして「保育」が世界的に注目されています。

『冬の保育アカデミー』講師の永田佳之先生『冬の保育アカデミー』講師の永田佳之先生

永田国連は、現代の社会を「予測困難な時代」だと言っています。『VUCA』=Volatirlity(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字を取った言葉は、経済界の人もよく使っていますよね。

ただ、これは経済の課題だけでなく、例えば災害の頻度などが着実に上がっていることにも通じる問題です。昨年から続くコロナのような事態が、当たり前になる時代も今後来るかもしれません。

そうしたなかで、私たちはどう子どもたちを育てていけばいいのでしょうか? どんな教育・保育が必要か、ぜひみなさんの考えを挙げてみてください。

そんな時代に必要なのは、どんな教育ですか?(当日の資料より)アイスブレイクを兼ねた導入の質問。ここから、チャットを通じた対話を絡めて講義が進んでいきます

永田固定観念から脱却する、対話する、自分らしく生きる、他者とつながる、自己肯定感や想像力を育む……どれも素晴らしいです。そして、日本が統計的に「弱い」と言われるようなキーワードをみなさん並べていらっしゃいますね。

どの答えもその通りだと思うのですが、私が特にこの数年重要だと考えているのは「問いとともに歩む」教育です。正しい答えのない問いに、向き合い続ける教育ですね。

「良質な問い」を人同士が分かち合っていくと、新しい共同体が生まれます。その共同体から、私は豊かな社会を考えるきっかけが生まれると考えているんです。

良質な問いを分かち合うということESDの一環で、答えのない問いの「分かち合い」を自らも実践する永田先生。写真はアフリカのナミブ砂漠を訪れたときのもので、「なぜ砂漠は美しいのか」といった話を学生と毎晩語り合ったそうです

永田みなさんはこの1週間、子どもたちとどのような問いを共有しましたか? 保育のなかで、どんな「なぜ」「どうして」に出会ってきたでしょうか?

問いを一緒にくぐり抜ける時間はとても大切です。今日は7つの質問を通じて、そのことをみなさんに感じていただければと考えています。

問い①:教育が進むのに、なぜ環境は悪化する?

永田最初の質問です。「なぜ世界中で教育、保育がなされるようになったのに、地球の自然環境は悪化する一方なのか」。

みなさん一人ひとりに考えていただきたいのですが、私のほうからは、環境教育の分野で著名な、ディビッド・オー先生の指摘をご紹介できればと思います。

教育の充実→持続不可能性!?

永田彼は『EARTH in MIND』という本のなかで、次のように述べています。それは、「今直面しているサステナビリティ(持続可能性)の危機に対しては、問題を生み出すのに加担した教育と同じ種類の教育では解決できない」ということです。

従来の教育は、簡単に言えば産業社会を支えるためのものでした。もっと多く大きく早く、あるいはもっと人よりも賢く効率的に。経済の発展に役立つ知識を、学校は見事に教えてきたんです。

ただ、今も続くこの教育は、実は環境の「無限性」を前提としています。成長を重視した社会活動の結果、地球はもはや自らを維持できなくなってきていると言われているんですね。

海水温の上昇が異常気象をもたらします

永田じゃあこれからどうすればいいのか。社会を持続可能にしていくには、地球の「有限性」を前提にした教育に切り替える必要があります。

サステナビリティを前提として、さまざまな問題を解決していく力。長期的な視点に立った、創造的思考や批判的思考。それらを育むことがESDの目標です。

実はすでに、国際社会は15年ほどこれをやってきています。できたこと、できなかったことの両方がありますが、2019年にはこれをあと10年やろうと『ESD for 2030』も採択されました。世界のあらゆる教育がこの渦中にあることを、まずはみなさんに知っておいていただけたらと思います。

問い②:持続可能な社会に必要なものは?

永田2つ目の問いは、「持続可能な社会をつくるのに必要なものは何か」。

そうした地球環境の危機を前に、今世界でたくさんの若者が声を上げ始めています。日本でも、持続可能性を憂いて活動している学生を私はたくさん知っています。

「自分たちこそが未来を生きる」と自覚している彼女ら彼らにとって、これらは本当に必死の訴えです。その叫びに対し、私たち大人も必死になって新しい社会をつくる必要があります。

持続可能な社会を作るのに必要なのは?

永田ここでは、よく言われる要素を3つご紹介します。1つ目は「法律」。規制によって社会を維持しようということです。

2つ目が「技術革新」。かつて日本が得意としてきた分野ですが、あっと言う間に世界に追い抜かれてしまいました。国としては、これをどうにかしなくてはいけないという課題があります。

3つ目が「教育」です。法律も技術革新も、絵に描いた餅になってはいけません。先の2つを本当に活かすには、何よりここが大切だと言われています。

そして今、教育のなかでも幼児期の「保育」こそが大切だとされているんです。私も、地球の持続可能性を一番担っている人は保育者のみなさんだと考えているんですね。その理由を、次の問いを通じてご説明したいと思います。

問い③:どんな教育をすればいい?

永田3つ目の問いは、「どんな教育をすれば持続可能な未来につながるか」。教育が持続可能な社会の大事な前提となるならば、実際にどのような教育がいいのでしょうか?

持続可能な未来をつくる教育とは

永田環境教育をはじめ、さまざまな学びが考えられると思います。しかし、私が今日お伝えしたいのは、まず最初に土台となる「価値観やものの見え方を養うこと」が一番大切だということです。まさに保育の役割ですよね。

世界が美しく、不思議に満ちていること。この世の中は生きるに値する場所であり、信頼していい場所なんだということ……そんな希望の“根っこ”を養育していくこと抜きに、地球の持続可能性を考える教育はできません。

なので、今地球が突きつけられている厳しい状況や、そのデータを子どもに伝えるタイミングは、実はかなり注意する必要があります。

4年生までは心配(恐れ)なし!

永田『Beyond Ecophobia』の著者ディビッド・ソベルさんは、「小学校4年生までは何の心配もさせず、自然のなかで自由に遊ぶ体験をさせるべきだ」と述べています。自然に触れる機会があまりなく、例えば受験勉強ばかりやってきた高校生がいきなり環境教育をやると、一生懸命取り組むほど自然嫌いになっていくというんですね。

私も同じ感覚を持っています。幼児期から自然を心から愛する、全身が自然に包まれる。そんな豊かな体験をした子どもたちが青年になったときに、ESDなどの教育は生きてくるのだと思います。

問い④:地球の問題をどう次世代に伝える?

永田4つ目です。「今起きている地球規模の問題を、次世代にどう伝えるか」。

10歳ぐらいまでたっぷりと森のなかで遊んだ子どもに対して、みなさんだったらどんなふうに地球が危ないことを伝えていくでしょうか。

プラネタリー・バウンダリーの考え方で表現された現在の地球の状況

永田「ごめん、悪かった。欲しいもの全部取っちゃった」「生き物たちは大変みたいだけど、気候変動はまだ間に合うかも(上図)」「どうせなら目いっぱい楽しく過ごそう」「一緒にお祈りしようか」……。とても厳しい問いですよね。答えはありません。

ただ、答えのない問いかけを前にして、大人が子どもに寄り添うときに大切だと思うことを一つご紹介したいと思います。谷川俊太郎さんの『質問箱』(ほぼ日刊イトイ新聞)に寄せられた、6歳のさえちゃんからの問いからです。

「どうして、にんげんは死ぬの?さえちゃんは、死ぬのいやだよ」。私はこれをよく学生への1週間の宿題にしますが、みなさんも考えてみてください。

ほぼ日刊イトイ新聞の企画『谷川俊太郎 質問箱』の「質問六」よりほぼ日刊イトイ新聞の企画『谷川俊太郎 質問箱』の「質問六」より

永田谷川さんはここで、自分なら「お母さんだって死ぬのいやだよ!」と伝えてぎゅーっと抱きしめ、一緒に泣くと答えています。そして、一緒にお茶するって言うんですね。

“ことばで問われた質問に、いつもことばで答える必要はないの。こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね。”

最後にそう谷川さんが書いた文章からは、私たちが普段あまりにも「論理(ロゴス)の世界」に支配されてしまっていることに気づかされます。

これは近代教育の成功でもあるわけですが、その結果、地球環境は破壊されてますよね。「正答がここにある」と思い込んだ知識重視の思考法には、大きな落とし穴が潜んでいるのだと思います。

そういった直線的な思考から離れ、問いを年輪のようにゆっくり広げたり、感情をちゃんと動かしながら仲間と語り合ったりできるようにする。そんな環境をつくることが、私たちの役割なのかなと考えています。

問い⑤:理想の学び場とはどんなところ?

永田5つ目です。「予測困難な時代における、理想の学校とはどんな学校か」。

では、みなさんならどういった学びの場所をつくりますか? どんなビジョンを持ち、どんなコンテンツを、どういった手法で届けますか? そこには、どんな原理原則があればいいでしょうか?

正答のない問いへ

永田ここまでの話でもお伝えしてきたように、私が考えているのは「問いを中心に据える」学校です。中学校の教科書(上図)など、実際にそういった教材づくりにも関わらせていただいています。

背景には、世界的に学びの中心が「内容」を伝える暗記型の“What(なにを?)”の問いから、「スキル」を鍛えるアクティブラーニング型の“How(どうやって?)”に、さらに「問い自体」を捉え直す“Why(なぜ?)”へと変わってきた流れがあります。よりしなやかに学び、一人ひとりが生きる意味を充実させられるように、という方向性になっているんです。

そのなかで、教育者あるいは保育者がどう立ち振る舞えるかが、今まさに問われています。

問い⑥:理想の教育は存在しうる?

永田6つ目です。「理想の教育を実現している学校は、実際にあるんでしょうか」。

先ほどの「問いを中心に据える」教育のあり方はESDでも重視されていて、世界中から何百と事例が集まっています。そのなかの優良実践と思われる教育を、私はユネスコの専門委員会の仕事を通してこの5年間、毎年100事例ほど評価してきました。

それを踏まえて結論からお伝えすると、確信をもって「理想の学校はある」とお答えしたいと思います。

問いから始まった学校改革 アシュレイ・スクール

永田例えば、イギリスのアシュレイ小学校では、学校全体を持続可能な未来に合わせようと、一つひとつ改革を行ってきました。何を食べて何を飲むか、どんなエネルギーを使っているか、何を買って何を捨てているか……校舎、校庭から行事、朝礼や職員会議のあり方まですべてを「サステナビリティ」の軸で見直したんですね。

そこで重要なのは、いわゆる机上の「学習」をするだけでなく、足元の「実践」をきちんと積んでいることです。地球の危機のこと、持続可能な未来のことを知識として教えるのは簡単ですが、それだけでは状況は変わりません。

ESDは15年かけて、知識のベースとなる「考え方や価値観」を伝えてきました。今からの10年は、それを支える「あり方」が実践として問われる時代です。私も口だけではダメなので、自分の大学で少しずつ改革を進めています。

大切なのは教育

永田学校教育はどんどん教えるのが困難な方向に進んでいます。ただ、そこで重要とされる要素には、保育の実践で考えればしっくりくるものが多くあるんですね。

これ(上図)は私やアシュレイ小学校のリチャード校長が、イギリスのチャールズ皇太子に招かれた会でみんなで学び合いをしたときのものです。ここにある「循環」「健康」「多様性」「適応」「相互依存」——それらを意識して子どもたちに向かい合うことには、保育指針や教育要領にある『幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿』が自ずと含まれてくるように私は感じています。

問い⑦:明日からどんな問いと歩んでいきますか?

永田最後の問いです。ここまでの話を踏まえて、「明日からどんな問いと歩んでいくか」。

良質な問いを抱いて歩んでいる人って、私は本当に素敵だと思います。そういう大人が日本に増えたらいいなと、いつも思うんですね。これもぜひ、じっくり考えてみてください。

R.M.リルケ『若き詩人への手紙』

永田今日の7つの質問のなかには、講義を通じてみなさんが“答え”を得たと思った問いもあるかもしれません。ですが、それが時間を経てまた変わっていくことも非常に大切です。

ユネスコでは、変わりながら行動していく生き方を「変容」と言って重視しています。“Transformative Action”、今の国際教育の最先端のキーワードですね。

私は、正答をくれる先生よりも、変わり続けていく先生が教育の現場にもっと増えるといいなって思うんです。そして、私自身もみなさんと一緒に、これからも良質な問いとともに歩んでいけたらと切に願っています。

本日、ともにくぐり抜けた学び

※ 90分の講演内容から、永田先生のメッセージを記事として再構成しました

講師:永田 佳之(ながた よしゆき)
聖心女子大学教育学科教授、グローバル共生研究所副所長。持続可能な開発のための教育(ESD)、国際理解教育、オルタナティブ教育、ホリスティック教育などを専門とする。ユネスコ本部でESDに関わる委員を歴任。著書に「気候変動の時代を生きる」、共著に「ハーモニーの教育」など多数。
企画・主催:大友 剛(おおとも たけし)
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。

(構成・執筆/佐々木将史

<『冬の保育アカデミー』の続編となるセミナー『春の保育アカデミー』が、2021年5月に開催されます(Peatixにて受付中)。すべての講演で6月末まで見逃し配信に対応、団体申し込みの場合は臨時職員・保護者への無料招待つき。詳しくは下記サイトをご覧ください>

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