手ぶら登園保育コラム

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「任せて待つ」教育で、自由な子どもに。『子どもの村』の実践から——加藤博 #保育アカデミー

「任せて待つ」教育で、自由な子どもに。『子どもの村』の実践から——加藤博 #保育アカデミー

「大人があれこれと教えず、子どもに任せる。すると、子どもたちは自らたくさんのことを学んでいきます」

学校現場での手応えを、そう全国の保育者に向けて語ってくれたのは、『南アルプス子どもの村小中学校』で校長を務める加藤博さんです。

この学校は、自由教育で注目を集める『学校法人 きのくに子どもの村学園』の1つ。「感情も知性も人間関係も、自由な子どもに」という願いのもと、さまざまな決定を子どもに任せたり、大人が一緒に考えたりしている学園で、その取り組みを追いかけた映画「夢見る学校」の公開も予定されています。

日々の実践のなかから、加藤さん自身が見てきた子どもの姿や、細やかな工夫、大切にしている考え方など、保育にも通じる視点を教えていただきました。

(この記事は、2021年2月に開催された『冬の保育アカデミー』(主催:大友剛)のオンライン講義の内容を、メディアパートナーとしてベビージョブ編集部が再構成したものです)

“学校観”を変える南アルプス子どもの村

南アルプス子どもの村小中学校(当日の資料より)

加藤南アルプス子どもの村小中学校は、自然豊かな山梨県南アルプス市にあり、2009年に開校しました。

創設者は学園長の堀真一郎(1992年にきのくに子どもの村学園を設立)で、現在は小中あわせておよそ200人の子どもたちが通っています。大胆な取り組みをたくさん行っていますが、実は『教育課程特例校』(学習指導要領などによらない教育をできる学校)ではありません。

なので、今日紹介する内容は公立校を含め、「日本中どこでもできる」ものだという前提で聞いていただけたらと思っています。

『秋の保育アカデミー』講師の加藤博さん『冬の保育アカデミー』講師の加藤博さん

加藤僕は今、主にここの中学校にいますが、小学生にも触れる機会がたくさんあります。保育園や幼稚園から上がってきた1年生はとてもかわいいので、一緒に遊んだりもします。そこでふと、子どもの姿が気になることがあるんですね。

それは、やたらと大人の顔色をうかがう子どもがいることです。「これやってもいい?」と許可をたくさん求めてきたり、すぐに「みんなちゃんとしよう」みたいな声かけをする子がいたり。

生まれて6年しか経ってない時点で、そんなふうに「いい子」にならなくてもいいのにな、って僕は思うんですね。今日はそんな疑問も絡めながら、教育のあり方とか、大人の寄り添い方についてお話できればと考えています。

高校生の心と体の健康に関する調査

加藤最初にいくつか、日本の教育の問題点が見える調査を紹介させてください。例えばこれ(上図)は高校生を対象にした比較調査ですが、日本では「私は価値のある人間だと思う」と答えた子どもが、アメリカ・中国・韓国のなんと半数以下しかないことがわかります。

一方で、「自分はダメな人間だと思うことがある」と答えた割合は日本が最も高かったことを示す報告などもあります。果たしてこれでいいのかと、突きつけられているのが今の教育です。

学校現場でもさまざまな問題が起きています。いじめや学級崩壊など、ずっといろんなことが起き続けてますが、目の前の問題への対処が多く、根本的な改革には至っていません。

今こそ本気になって、みんなで従来の“学校観”を変える必要があるんじゃないかと思うんです。そこで今日一つ提案したいのが、僕たちの考える「教えない」教育なんですね。

「ないものづくし」の学校で

加藤南アルプス子どもの村小中学校(以下、子どもの村)では、学校に「よくあるもの」がないのが特徴です。

例えば、登校時の荷物がありません。子どもたちは毎朝、家や寮から手ぶらで走って来ます。

それからチャイムもありません。自分で時計を見ながら行動します。給食もお昼になったら食堂にやってきて、自分で食べられる量をよそっていく。子どもたちが時間を有意義に使えるように、みんな一斉の「いただきます」もしていません。

大人が決めた校則もなく、ルールは子どもたち自身で相談していくそうです。なかにはちょっと「変わった」決まりごとも大人が決めた校則もなく、ルールは子どもたち自身で相談していくそうです。なかにはちょっと「変わった」決まりごとも
「◯◯先生」呼びもありません。左上の「かとちゃん」が加藤さんのニックネームだそうです「◯◯先生」呼びもありません。左上の「かとちゃん」が加藤さんのニックネームだそうです

加藤学校で楽しく学べればいいと考えるので、宿題もありません。テストもありません。子どもを安易に序列化したり、競争をあおったりしないことが大切だと考えています。

また、通知表もありませんね。その代わりに、「生活と学習の記録」というものを定期的に渡すことになっています。ここには「感情的にどういう成長をしたか」「知的にどういう成長したか」「社会的にどういう成長をしたか」という観点で大人が振り返りを書きます。

ただ、それを書くことは「自分がその子をどれくらい見ていたか」と反省する行為でもあるんです。むしろあらゆる教育評価は、大人が「どのくらい教えられたか」を測る手段として捉える必要がある、と思っています。

オープンプラン方式

加藤そして廊下がありません。壁もなく学校中がつながっている、「オープンプラン」と呼ばれる方式です。

この校舎で子どもたちに向けて一斉に授業をしようとすると、「ざわざわした声が届いてやりにくい」といったことが起きますよね。でも「机に座っている=学んでいる」かというと、そうとも限らないと僕は思うんです。それよりも大事なのは、一人ひとりに合った形、合った場所で学べることです。

もちろん、学びの場は校内だけではありません。学校にはマイクロバスを運転できる大人もたくさんいるので、何かを知りたいときに外に出て、その道のプロに聞きに行くこともしょっちゅうあります。

プロジェクトを軸に、「自分で決める」子どもたち

基礎学習(かず・ことば)8時間

加藤そんな子どもの村で、じゃあ時間割がどうなっているかというと、このような感じ(上図)です。「こんなのあり?」と思われるかもしれませんが、小学校だと『プロジェクト』が1週間に14時間あるんですね。

プロジェクトは、子ども同士で学び合っていくプログラムです。1年生から6年生までの縦割りで編成、それがそのまま子どもの教室になります。「わくわくファーム」「おいしいものをつくる会」「アート&クラフト」「劇団みなみ座」「むかしたんけんくらぶ」の5つのテーマから、4月に自分で選んで、1年かけて活動していきます。

わくわくファーム

加藤プロジェクトをやる時間枠(上図の枠内にある“P”)は固定ですが、そこでやる内容は毎週変わります。これは子どもと大人で相談して決めることになっていますね。

また、『基礎学習』の時間もあり、数や言葉を学んでいきます。そのなかでは、プロジェクトで学んだことを意味づけしたり、逆にそこで学んだことをプロジェクトで利用したりすることもあります。

実際に、プロジェクトで必要なセメントブロックが1個95円で、それが36個だといくら……といった計算を、1年生の子でもできるようになっていくんですね。

自由選択(フリーチョイス)

加藤『自由選択』の時間もあります。例えば、昨日の僕の「自然遊び」の授業はバーベキューでした。プロジェクトベースのカリキュラムのなかで、どうしても入れづらい体育、図工、音楽、家庭科などを扱う時間になります。

また、行事も子どもたち自身が考えるんです。例えば今年度の小学1年生の入学を祝う会は、タイトルが「ツバメひょっこり、笑顔たっぷり入学を祝う会」。進行も子どもが行ない、大人は困ったときに一緒に考える役割を担います。

ミーティングの多い学校あらゆることが、子どもたちの「ミーティング」を通して決まっていくそうです。そこでは、大人も子どもと対等に扱われます

子育てではなく、子どもと一緒に大人が育つ

加藤こうした取り組みのなかで、僕たちは“大人の役割観”を変えようと意識しています。それは、子どもから「謙虚に学ぶ」姿勢を持つ大人になることです。

『サマーヒル・スクール』(「世界でいちばん自由な学校」といわれるイギリスの寄宿舎)を創設したA.S.ニイル氏は、教師の最も大切な目的を「既成の知識と技術の伝達ではない」と指摘しています。そうではなく、大人にできるのは「子どもの内側から発達してくる自由」を与えることだけだ、と言っているんですね。

A.S.ニイル

加藤子どもの村でも、子どもたちに安易に教えないことを大切にしています。例えばアート&クラフトのプロジェクトでは、子どもたちが自分の椅子をつくる際に、大人があれこれと指導しません。

見よう見まねでつくっているので、もちろんたくさん失敗をしていると思います。ガタガタしない椅子をつくるのは技術がいるものですが、教えられないからこそ、子どもたちはちゃんと自分で学びながらつくっていくんですね。

そのときに僕たちが注意しているのは、仮に失敗しても「自分で責任を」といった言葉を使わないことです。

子どもの気持ちを脅かしてしまわないよう、「失敗したら大人の責任でいいよ」と心から言ってあげる。そうすることで子どもは緊張することなく、しなやかに育っていきます。

いいまわしの工夫の一例

加藤他にも、子どもの村の職員はたくさんのことを心がけて子どもたちに寄り添っています。できるだけ肯定的な言い回しで声をかけたり(上図)、小学校6年生だろうと子どもが望めば膝に乗せ、しっかりと抱きしめたり。

子どものなかから気づきが生まれるよう、言葉の返し方も意識しています。「◯◯くんにいじわるされた」と言われたら「いじわるされたんだね」とそのまま聞き返してあげる。受け入れられていると感じた子どもは、「でも私もお返ししちゃったから、お互いさまかも」「お返ししちゃったから、お互いさまかぁ」と次第に自己解決に向かっていくものです。

また、子どもの意見(A案)と大人の意見(B案)がぶつかってしまったときは、お互いが納得いく第三の解決法(C案)を模索しますね。そして大人が意見を言うときには、自分自身の気持ちとして伝える。「みんなが許さないよ」「誰かが見てるよ」といった表現ではなく、僕なら「かとちゃんはそういうことしたくない」などと言うことで、結果的にメッセージがよく伝わっていくと感じています。

「自由な子ども」を目指して

加藤大人がそうした振る舞いを心がける子どもの村では、目指す子ども観を、端的に「自由な子ども」と表現しています。この自由には3つの側面があります。

1つ目は「自由な感情」を持つこと。あなたはあなたでいいよ、と日々認められる環境のなかで、「自分のことを好きだ」と素直に言える子どもになってほしいんですね。

今の子どもたちは、自己否定や自己嫌悪といった感情を持つことが増えています。これは大人による評価が原因になっていることが多くて、習い事などでも「すごいね、よく頑張ったね」と褒められても、すぐに次の目標が与えられてしまう。それって実は、大人が子どもを「今のままじゃダメだ」と否定していることだと思うんです。

無理に知性を詰め込むよりも、先に育むべきは感情です。安心して自分を受け入れられた子どもは、知的な面をひとりでに発達させていく。これはニイル氏も言ってますし、僕自身も実感として抱いています。

感情が自由であるならば、知性はひとりでに発達するだろう

加藤それを踏まえたうえで、2つ目の側面として「自由な知性」も大切にしています。与えられた問題を解くことよりも、そこにある問題に気づく力が一番大事じゃないかな、って思うんですね。

実際に子どもたちは日々の生活のなかで、自分の身近な問題からたくさんのことを学んでます。人は生まれつき好奇心を持っているので、いかにそれを「周りの大人が奪わないようにするか」ってことにこだわりたいと考えているんです。

そして、3つ目の側面が「自由な人間関係」です。自分がどう考えているかをみんなに伝えたり、相手がどう思ってるかをお互いに理解しあったりできる関係性を築いてほしい。

よく「人の話を聞きなさい」って大きな声を出す大人がいますが、こちらの話を聞いてくれない子の多くは、実は「自分の言うことを普段聞いてもらっていない」子どもなんです。でも、みんながその子の話を聞けるような雰囲気ができると、自然と人の話も聞ける子どもになりますね。

基本原則

加藤自由な子どもに育ってもらうために、学校として大事にしていることは大きく3つです。まずは「大人が中心にならない」こと。そして「個性化教育」を目指すこと。同じ教材を使って同じペースで同じだけ学ぶ、ということをせず、それぞれの学びを尊重したいと考えてます。

さらに、頭だけでなく体も使った「体験学習」を重視すること。最近、「アクティブ・ラーニング」「対話的で深い学び」なんてよく言われますが、それをただ教科書にある内容を覚える手段に使っては意味がないんです。「どう持続可能な社会をつくるか」といった大きな学びにつなげていく体験を、大人はちゃんと考える必要があります。

体験について学園長の堀は、「本物の活動であることが必要だ」とも言ってるんです。これも僕はすごく大事だと思います。

ごっこ遊びによる擬似体験ではなく、自分が学校でしたことが「本当に誰かの役に立つ」。あるいは「本当にみんなが喜んでる」、そんなふうに実感できることが大事なんですね。

喫茶店を開くプロジェクト喫茶店を開くプロジェクト。そこで使うパンをつくるための、小麦を栽培している様子です
ジャムにするためのぶどうもつくりますジャムにするためのぶどうもつくります。余ったものは道の駅で販売したり、干しぶどうやジュースにしたり
ニワトリ小屋の建設たまごを手に入れるために、ニワトリ小屋の建設から始めています

加藤こういった活動を、大人が“させてあげる”感覚になるんじゃなくて、子どもと大人が“一緒になって”やっていく。そんな学校であり続けたらといいなと僕は思っています。

どんな子どもも「いい大人」になる

加藤今回、僕からは「教えない教育」、任せて待つことを意識した教育の実践をご紹介しましたが、講義にあたって読み返した本が平井信義さんの『愛をうまく伝え、まかせて待つ教育』(明治図書)です。

そこで指摘されていたのは、自由を与えられた子どもはのびのびと、生き生きとするであろうこと。自分で何か遊びを見つけ出そうと、生活を楽しもうとするだろうし、新しいことにも挑戦しようとするはずだ、と述べてられています。

「自由」をあたえられた子どもの内側でおこること

加藤そうやって自由を与えられると、もちろんトラブルが起こります。でも、大人から見ると悪い行為でも、それは子どもの「知的探求の結果」なんです。

これを自発性の表れだと捉え、大人がおおらかに受け止めていくと、子どもの内側に思いやりや共感性が自ずと育まれていきます。平井さんは「子どもは悪いことなどしない」とも言うんですね。

ありのままの自分でいられる場所で、ありのままを認めてくれる人と一緒に過ごす。そんな環境のなかで、子どもは大人との間に情緒的な結び付きをつくり、安心し落ち着いていく。感情的にも自由になっていくんです。

まず子どもを幸せにしよう すべてはその後に続く

加藤ニイル氏は「まず子どもを幸せにしよう」と言いました。そして、すべてはその後に続くんじゃないかと問いかけたんですね。僕はこの言葉に、あらゆることが集約されているかなって思います。

学校はやっぱり、子どもが笑って日々安心して生活できる場所であってもらいたいですよね。子どもたちが楽しめる場所にしていくのは、大人のちょっとした工夫でできます。

学校には厳しさも必要、保育の現場ではしつけも必要……そういった考え方はあるかもしれません。でも一番大切なのは、子どもたちが「楽しい」と思う気持ちじゃないでしょうか。

大人が子どもの感情を守ってあげれば、どんな子であっても必ずいい大人になっていくんです。子どもの村から育った子たちを見いていて、僕はそんなふうに感じています。

※ 90分の講演内容から、加藤さんのメッセージを記事として再構成しました

講師:加藤 博(かとう ひろし)
岐阜県出身。きのくに子どもの村学園に25年間つとめる。南アルプス子どもの村小学校・中学校 校長。学園での愛称はカトちゃん。パキスタン北部、バラコットのアルバン村の復興を支援。カラコルム最奥の谷、フーシェ村に植樹を夢みている。
企画・主催:大友 剛(おおとも たけし)
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。

(構成・執筆/佐々木将史

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