「型を破る」大人の存在が、子どもたちの心を解き放つ——はたこうしろう #保育アカデミー
「自分を表現をしていく経験は、子どもたちが世の中を変える、大事な原動力になると考えています」
2021年5月、『春の保育アカデミー』の最終日に登壇した絵本作家・はたこうしろうさんは、子どもたちに向けたワークショップに力を入れる理由をこう話します。そこで大切なのは、大人のちょっとした工夫で「子どもの心を解放」してあげること。
最初はのびのびと絵を描いていた子どもたちが、いつしか躊躇するようになるのはなぜか。子どもが自由な表現をするために、保育者に何ができるのか。
具体的なワークを通じて見えてきたのは、「結果」より「過程」を重視する丁寧な関わりです。そしてそれは、「表現」をテーマにした今回の5講座すべてに通じる視点でもありました。
(この記事は、『春の保育アカデミー』(主催:大友剛)のオンライン講義の内容を、メディアパートナーとしてベビージョブ編集部が再構成したものです)
ワークショップから生まれた『こんにちは!わたしのえ』
はた僕の仕事は絵本を描くことです。それと並行して、子どもたちを対象とするいろいろなワークショップもやっています。
作家として絵を届ける仕事は、子どもに「絵に対する既成概念」を与えることにもなります。なのでその“真逆”のアプローチとして、子ども自身が絵を描いたり何かをつくったり、自由な表現活動を楽しめる場を用意することが大切だと考えてきました。
はたそういった僕のテーマを絵本に落とし込んだ作品があります。2020年に出版された『こんにちは!わたしのえ』です。
今日は最初にこれを紹介するところから、講義を始めたいと思います。
はた最初にこの本のラフスケッチを描いたとき、出版社の会議では「これって“天才”の話では?」という意見も出たそうです。でも、そんなことはありません。
僕のワークショップでは、どんな子もこうやって自由に描いていきます。担当編集の方に実際見に来ていただいたら、一人ひとりがオリジナリティある表現をすることにすごくビックリしていました。
僕がやってるのは、描くときに子どもたちの「心」をちょっと解放してあげること。それだけで本当にみんな、この絵本よりおもしろいものをどんどんつくっていくんですね。
型からはみ出すための『等身大の自分を描く』
はた「心」を解放してあげるには少し工夫が必要です。絵本の元になった『等身大の自分を描く』ワークショップを例に見てみます。
これは15年くらい前に始めて、今では日本全国で開催しているワークショップです。やり方はまず、1.5m×1mぐらいの大きな紙を1人1枚渡して、どんなポーズでもいいから上に寝転がってもらいます。そして太い鉛筆で、身体の型を取ってあげる。
そこから色を塗っていくんですが、このときに型取られたものから子どもがどんどん「はみ出して」いけるよう、仕掛けをしてあげます。
はたそれは最初に同じものを僕がやってみせるとき、わざと取った型から「はみ出して」塗っていくことです。だんだん線から逸れていき、型なんてどうでもいいような絵にしていきます。
筆で絵の具を垂らしたり、手に水をつけてのばしたり、足の裏を使って描いたり。絵の具のたっぷりついた指をパッパッと開くと、雨が降ったように点がパパパパパ……ときれいに広がる様子も見せたりします。いろんなものを描き足していくと、最終的にもう「ぐちゃぐちゃ」の絵になるんですね。
見ていた子どもたちはビックリするんだけど、次第におもしろくなってくる。自分も描いてみたくなります。そこで「みんなの番だよ」と始めると、もう本当にどんどん描いていくんですよ。
はたこのワークショップは、園だとだいたい5歳児クラスでやってもらっています。5歳というのは、絵の具と紙を渡せばそれまで自由に描いていたところから、「何を描こうかな」と躊躇する姿を見せる年齢です。
それは子どもたちが成長とともに、世の中の価値観をだんだん学習していくからなんですね。絵であれば、三次元のものを二次元にきれいに落とし込んだり、絵本やアニメの絵を上手に写し取れたりできることが一つの基準なんだと、敏感に察知していくんです。
このとき、全くの自由で「何を描いてもいいよ」と言うだけでは、小さくお絵描きするのとあまり変わらない表現で終わってしまいます。なので、まずは先生から「これを描こうか」と小さなルールを設けてみてください。
そして先生自らが、「でも、これもいいよね」と全然違うことを始めてみせる。ルールからはみ出す自由を体感することで、子どもたちは自分がおもしろいと思うものをどんどんやってくれるようになります。
1歳児も3歳児も大人も、のびのびつくれる環境を
はたもう少し下の年齢のワークショップも紹介しましょう。『ヘンテコ帽子をつくっちゃおう』は、3歳児くらいからできるワークです。
ここでは、世界でまだ誰も見たことがないヘンテコな帽子をつくります。ベースとなる黒い画用紙の型をつくっておいて、折り紙や新聞紙などいろんな素材も用意してあげる。
そして絵と同じように、最初に僕が目の前で実際につくってみせます。材料をちぎってどんどん貼っていくと、「帽子づくりって花でもつけるのかな」ぐらいに考えてきた子どもが、すごくわくわくしてくるんです。
はたこうしたワークショップを園外でやるときは、保護者にも一緒につくってもらいます。
親御さんたちはどうしても子どものつくるものが気になって、あれこれと指図をしてしまいがちです。「もっとこうしたら」「あの子こんなのつくってるよ」などと言って、終いには自分でやり始めてしまうこともある。
でも全員参加にすると、だんだん保護者自身が必死になってきます。子どもを放って一生懸命になる。結果子どもも、のびのびと自分勝手におもしろいものをつくってくれるんですね。
はた1歳児に向けたワークショップもあります。全身を使った絵の具遊びです。
まず画用紙をつなぎあわせて、縦8m、横5mぐらいはある大きな紙を1枚用意します。そこに子どもたちに寝てもらって、やはり型取りをしていくんです。
次に黄、水、ピンクの3色の絵の具を用意します。こちらで大きなパレットに色を混ぜてあげながら、最初は紙コップやペットボトルの蓋などで、ポンポンと丸い型を押して楽しむ。で、これも僕が手なんかを使って絵の具を伸ばし始めると、子どもたちは「あ!」って顔をしてすぐに真似を始めるんですね。
はたもちろん服はベトベトになるので、最初からそのつもりで来ていただきます。どの子も身体中を絵の具だらけにしながら、ものすごくおもしろいものをつくってくれるんです。
未来を変えていく「表現」「芸術」の力
はたこうやって一人ひとりが「自分の感じたものを表現していく」ことが、僕はとても大事だと考えています。その行為が世の中を変化させる原動力になると思うからです。
「今まで通りのことをすればいい」「言われた通りに、ミスなくできればいい」——既成概念で頭が固くなってしまうと、社会を更新していく力が失われていきます。例えば科学の世界でも、過去の理論を鵜呑みにしていては新しい発見は生まれませんよね。「こんなことできるかな……」と突き詰めていった人が、世の中を変えていくんです。
自分の目で見たもの、心で感じたものを表し、思ったことを言葉で伝える。その原点になることを、ワークショップでは少しでも体験してもらいたいと考えてます。同時に、「自分の思ったようにやっていいんだよ」という大人がいることを知ってもらいたいと、僕は思うんですね。
はたそうやって自分の発想と言葉で世の中を変えていくことは、「芸術」という活動の目的と全く同じだとも考えています。芸術も、枠を打ち破って既成概念を壊すことに本質があります。
常に新しいものを生みだす芸術活動って、本当はすごく大事なんです。ただし、そこの理解がされないまま、わかりづらさだけに目がいっている面がある。現代美術を楽しめない人がたくさんいることがその現れですよね。
今までにない作品を見て「何なのこれ?」と感じることは何も間違いではありません。けれどそこで終わってしまうか、感じたことをおもしろがることができるかに、僕は大きな違いがあると思っています。
はた芸術の思考は、社会を前に進める車輪の一つです。そして、もう片方には「技術」「知識」がある。この両輪がうまく動かないと、同じ場所をぐるぐる回るだけなんですね。
そう思うと、今はまだまだ芸術が足りていません。子どもたちへの教育でも、技術や知識ばかりが重視されています。むしろ芸術的な思考を削いでいく方向にあると感じます。
仮に芸術を授業でやっても、「表現」というより「伝統技術の継承」の時間になってしまったりする。僕はそれがすごく残念です。両者のバランスを取りながらやっていく方法をもっと探れたら……という思いが強くあります。
“瞬間”の大切さを理解して、保護者に伝えていく
はた学校教育ではカリキュラムが決まっていて、あまり自由な授業をしづらいこともあるでしょう。ただ、保育園や幼稚園にはそこまでの決まりごとがありません。だからぜひ、先生方には子どもにいろいろな体験をさせてあげてほしいんです。
子どもたちはそのことを大きくなってもちゃんと覚えています。僕自身、今でも覚えている活動があるくらいです。「園であんなおもしろいことやったな」「こういう大人がいたな」という世界を知っておくことが、その子の育ちを大きく変えていくんですね。
紙は大きいほうがいいし、材料もあればあるほどいいけど、できる範囲で構いません。何よりも、子どもたちといろんな創作ができる自由な場をみなさんにつくってほしいと考えています。
はたそのとき大切なのは、子どもに結果を求めないこと。『こんにちは!わたしのえ』も、描いたものを結局ぜんぶ塗りつぶしちゃうんですね。最後に「あー、おもしろかった」と終わることが僕はすごく大事だと思い、あえてこんなシーンにしました。
子どもたちにとって、一番重要なのは表現している“瞬間”です。音楽が録音しなければ消えてなくなるように、絵も「ある時はこの絵だったけど、次の瞬間には塗られて別のものに変わる」ことがあっていい。
実際、僕のワークショップでも最後に画用紙が粘土みたいにぐちゃぐちゃになって、集めることすらできなくなる子がいます。でも、その子は「したい」と思ったことをやってそうなったので、僕は全然構わないと思うんです。
はた保育園や幼稚園だと保護者に見せる発表会があって、つい「できるだけいいものを見せてあげたい」と考えることがありますよね。気持ちはわかるんですが、それも僕はあまり意識しなくていいと考えています。結果よりも「やり切る過程」のほうが、子どもにとってずっといい経験になるからです。
どうしても結果を見せたい場合は、“おかわり”をしてあげる方法もあります。「それすごくいいから、このままで残してもいいかな? もう1枚紙あげるから……」と言うと、元気な子であれば嬉々としてまた次のことを始める。でも基本はやっぱり、徹底的にやらせてあげてほしいなと僕は思いますね。
むしろ先生方には、途中で写真を撮ったりしながら「こういう過程で、こういう哲学で保育をやっています」と確信を持って保護者の方に伝えてほしいんです。子どもがすごく喜んでいたことを話せば、保護者の方もきっとわかってくださる。
一番大事なのは、子どもたちが自ら行なった表現を、大人がどれだけ肯定してあげられるかです。僕はそう考えていますし、その思いでワークショップを続けています。
- 講師:はた こうしろう
- 絵本作家、イラストレーター。兵庫県西宮市で生まれ。京都精華大学美術学部卒業。『ショコラちゃんシリーズ』(講談社)、『ゆらゆらばしのうえで』(福音館書店)、『なつのいちにち』(偕成社)など著書多数。挿画、イラスト、ブックデザインも多く手がける。「MOE・イラスト絵本大賞」審査員。
- 企画・主催:大友 剛(おおとも たけし)
- ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。
<『春の保育アカデミー』の続編となるセミナー『夏の保育・教育アカデミー』が、2021年8月に開催されます(Peatixにて受付中)。10名の講師による8講座、すべての講演で見逃し配信に対応。団体申し込みの場合は臨時職員・保護者への無料招待つき。詳しくは下記サイトをご覧ください>
おむつの管理が楽になる手ぶら登園
おむつのサブスク手ぶら登園( https://tebura-touen.com/facility )とは、保護者も保育士も嬉しいおむつの定額サービスです。手ぶら登園は、2020年日本サブスクリプションビジネス大賞を受賞し、今では導入施設数が1,000施設(2021年6月時点)を突破しています。
保育園に直接おむつが届くため、保護者はおむつを持ってくる必要がなくなり、保育士は園児ごとにおむつ管理をする必要がなくなります。