手ぶら登園保育コラム

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保育指針でわかる「子どもの表現」の本質——馬場耕一郎 #保育アカデミー

保育指針でわかる「子どもの表現」の本質——馬場耕一郎 #保育アカデミー

すべての保育の前提にありながら、どこか“カタくて難しい”イメージを持つ方も多い『保育所保育指針』。

大事だとわかっていても「最近読めていない」、時代にあわせて改定されたのは知っていても「本当に理解できているか不安」……。そんな現場の先生方の声に応えようと、内閣府子ども・子育て本部の馬場耕一郎さんが『春の保育アカデミー』に登壇しました。

社会福祉法人友愛福祉会・おおわだ保育園』の理事長として実践経験を多く重ねてきた一方、「寿太郎」の名で『ラジオ体操 第1・第2 ご当地版』の大阪弁を担当するなど、幅広い経歴を持つ馬場さん。この日はセミナー全体のテーマである「子どもの表現」と、その前提になる保育の捉え方について、冗談を交えながら和やかに解説いただきました。

馬場さんが披露する『保育所保育指針』の“真のメッセージ”とは何か。ここでは、貴重な講義の一部をお届けしていきます。

(この記事は2021年5月『春の保育アカデミー』(主催:大友剛)のオンライン講義の内容を、メディアパートナーとしてベビージョブ編集部が再構成したものです)

表現の“前”に押さえたい「工夫」と「養護」

馬場突然ですが、みなさんは「鎌倉幕府」が何年にできたかご存知ですか?

“いいくに”つくろう鎌倉幕府で、1192年……そう習われた方が多いと思います。でも、実はこれがバツ!なんです。今は“いいはこ”と言って、1185年と学校で教えているんです。

みなさんは今日、いろんな目的を持ってこのアカデミーに参加いただいていますよね。私自身はこういった研修の意義に、「自分の知識が古くなっていないか?」を確認できる点があると考えています。講義を通じて「1192年」だった情報を「1185年」にアップデートする、そういった時間にしていただけるといいなと思っております。

『春の保育アカデミー』講師の馬場耕一郎さんと、主催の大友剛さん『春の保育アカデミー』講師の馬場耕一郎さんと、主催の大友剛さん

馬場私は平成25(2013)〜平成29(2017)年の間、厚生労働省に勤務して『保育士等キャリアアップ研修』の制度設計や、これからお話しする『保育所保育指針』(以下、保育指針)の改定を手掛けておりました。

事務担当者として、汐見稔幸先生や秋田喜代美先生などの有識者が挙げられるキーワードを保育指針に入れ込み、全国の園に適用できるかをチェックする。そんな仕事をしていたからこそわかる“裏側”を、今日はお伝えしたいと思います。

保育所保育指針について当日の資料より

馬場今日は「表現」がテーマですが、そこを解説する前にいくつか前提を共有しておきます。

まず、保育指針の冒頭には『各保育所の実情に応じて創意工夫を図り』という文言があります(総則)。これ、意外とみなさん知らないことが多いようなんです。

園の『実情』は、置かれた地域によっても、働く先生方によっても違いますよね。子どもの姿は1年の間にどんどん変わりますから、それぞれの状態に合わせて『創意工夫』をすることが保育の基本となる。「隣の園がやっていること」と全く同じにしてもうまくいかないし、「去年やったこと」をそのままするのも無理がありますよ、ということになります。

また、同じく総則に『生活や遊びを通して』『環境を通して』という言葉が出てきます。こちらが何かを教え込むという方法ではなく、子どもが日々のなかで自然と身に付けていくような『総合的な保育』をできているかどうか、改めて確認してみてください。

保育所保育に関する基本原則

馬場もう一つお伝えしたいのが、「養護」の基本的な考え方です。

養護に関する解説は『生命の保持』と『情緒の安定』から構成されており、各ねらいの頭に『一人一人の子ども』という言葉があります。子どもが快適に生活できたり、健康に過ごせたりするために、先生方が一人一人をしっかり観察していただきたいということです。

また、『情緒の安定』のねらいには『くつろいで共に過ごし』という文言も追記されました。今の子どもたちは何をするにも「早く、早く」と急かされていて、ゆっくりする時間がないんですね。今までアクティブな活動を中心に考えることが多かったと思いますが、平成29年の改定で「しっかりと休む」ことも大切だと明文化しました。

0歳から始まる表現と、大人の“キャッチ”

馬場なぜ前提からお伝えしたかというと、いくら先生方がすばらしい保育内容を考えられても、「養護」が担保されていなければ子どもたちの「表現」は出てこないと思うからです。

この先生のもとでなら「表現してもいいんだ」と子どもが安心できる。そのような場を、まずは園でしっかりと保証する必要があるのではないでしょうか。

そのためには、保育者自身が落ち着いて保育できる環境が大切です。コロナ禍で今、現場はすごく疲弊していますが、不確かな情報に振り回されてしまっている側面も私は感じています。

例えば消毒についても、厚生労働省の『感染症対策ガイドライン』に掲載されている方法を見ていただければ、それほど大きな負担がなく子どもたちの安全を守れるはずです。同時に、一定の“リスク”は必ず伴うことを保護者にきちんと伝える。保育士は保育のプロフェッショナルであり、消毒の専門家ではないことをわかっていただくことで、先生方の肩の荷がずいぶん下りるのではないかなと考えています。

保育現場の実現というと

馬場そういった環境の先に、いよいよ「表現」を考えてみます。この言葉を聞くと、つい合唱や絵画、劇遊び、鼓笛隊といった取り組みのノウハウを知りたい思いが出てくるかもしれません。でも、ちょっと待っていただきたいんです。

というのも、今回の改定の大きな変更点に「乳児」の保育内容を明記したことがあります。そこに設けた3つの視点のなかには、『表現する力の基盤を培う』の文言があるんですね(『ウ 身近なものと関わり感性が育つ』)。

さらに、そのねらいを見ると身体の『動き等で表現する』とされている。これらはつまり、「赤ちゃんも表現をしている」という意味です。

0歳から始まる表現と、大人の“キャッチ”

馬場少し具体的な姿から見てみましょう。この写真は1歳児ですが、おおわだ保育園にある田んぼで遊んだときの様子を捉えています。冷たい水が気にいったようで、ずっと手足をゆらゆら動かして気持ちよさを表してくれていました。

「靴が汚れるからやめなさい」と言われかねない場面ですが、実は子どもたちの「表現」というのは、こんなところから始まっているんですね。表した子どもからすれば、これは貴重な初舞台とも言えます。

これに対して保育士が拍手をするのか、ストップさせてしまうかで、今後の子どもたちの表現の仕方が変わっていきます。だからこそ先生方は、子どもが表現した瞬間の喜びをきちんとキャッチしていただきたいと思うんです。

乳児(0歳児)視点

馬場先ほどの保育指針の一文には、最後に『培う』が使われていました。これは保育指針でたくさん出てくる言葉で、もともとは草木の根っこの成長を表しています。

根っこの広がり具合は、葉のように数で測ることはできません。つまり、『培う』という言葉が使われている内容は「何が、何回できた」といった数値化をする必要がない、わかりやすい形で示す必要がないという意味があるんです。

先生方のなかには「いつまでにこれをできるようにさせなければならない」といった“見えない敵”と戦ってしまう瞬間が、少なからずあるのではないでしょうか。『培う』はそんな方に向けた、「焦らなくていいよ」というメッセージです。このことを押さえたうえで、子どもたちと関わっていただけたらと思っております。

表現の第一歩「泣く」を保証する

馬場もう一つ、表現を語るうえで重要なのが「泣く」という行為の捉え方です。子どもや赤ちゃんにとって、表現の第一歩とも言える泣くことの意味を今日はみなさんと考えてみたいと思います。

今、一般家庭では子どもを「泣かさない」ようにすることが多いと言われています。泣き続けていると虐待を疑われる場合もあるので、すぐに泣き止ませるようにしているんですね。

園でもやはり、子どもが泣いていると「きちんとした保育を提供していないと思われるのでは……?」とつい考えてしまう。結果、すぐに「よしよし」としてしまうことが多いのではないでしょうか。

泣くことは

馬場例えば、お腹がすきそうな赤ちゃんにすぐにミルクを与えると、泣かせることなく過ごせます。一見すると見通しのもった、すごく気の利いた「やさしい大人」に映るかもしれません。

けれども最近の研究では、そうやって「お腹が減ったよ〜!」という表現を経験しないで育ってしまうことで、実はその後の愛着形成に支障を来たす可能性があると指摘されています。むしろ「おぎゃ〜、おぎゃ〜!」と全力で訴えたのちにミルクを与えられることで、子どもは「ああこれが欲しかった、ありがとう」「この人は信頼できる人だ」というような気持ちになると言われているんですね。

私も、子どもの泣く行為はもっとしっかりと保証されなければならないと考えています。泣くことを放置するのはもちろんダメですが、子どもを一切泣かないようにさせ続けるのも、「どんなアピールをしたら自分の思いが人に通じるか」を学習する機会を奪うことになりかねないからです。

実際にコミュニケーションの基礎が構築されないまま育つ子どもたちに出会うこともあり、私はすごく問題だと感じています。

愛のある

馬場ここに“愛のある意地悪”と書きました。これは単なる“意地悪”ではありません。前提には「子どもを受容をする」ことがあります。泣いている赤ちゃんに、「今ミルクつくってるからね」「あなたの訴えわかってるよ」「泣いても怒らないから」とメッセージを伝えることが大切です。

日本では今、家庭でも保育の現場でもわかりやすい「やさしさ」が良いとされているように感じます。やさしいのは当然大事ですけれど、単純にやさしい行動をするだけが「やさしさ」ではない。子どもの成長をきちんと理解したうえで関わることの重要性を、みなさんにはお伝えしたいと思います。

「歌」「絵」の表現も日常の環境から

馬場そういった理解の先に、今度は「歌」の表現を考えてみましょう。音楽や歌と聞くと、「しっかりピアノを弾かないと」「楽譜どおり演奏しないと」なんて思ってしまいがちですね。 でも、本当はもっと最初の部分を大事にしてほしいんです。

歌について

馬場保育指針には最初に『語りかけや歌いかけ』という言葉が書いてあります(『乳児保育に関わるねらい及び内容』)。例えば抱っこをしながら、あるいはミルクを提供しながら鼻歌を歌う。そういった保育士の姿を見て、子どもたちも「ああ、鼻歌でいいんだ」というところから表現をしていくんです。

また日々の生活のなかに、子どもたちから「自然発生的に歌が生まれる」環境をつくることも大切ですね。私は先ほどご紹介した田んぼで、カエルが「ゲロゲロ」と鳴き出したのを聞いた子どもたちが自然と『かえるのうた』を歌い始め、何度も繰り返していたのを見たことがあります。

「歌いましょう」「歌ってください」じゃなくて、子どもたちが「歌いたくなる」。これこそがまさに『環境を通して』行う保育(『保育所保育に関する基本原則』)なのだろうと、そのとき改めて感じました。

どう描いたの?

馬場「絵」についても同様で、やはり子どもが楽しみながら描くことが大切です。

以前私の長男が、「楽しいことを思い出しながら描いた」と言っていた絵で賞をもらったことがありました。私はその視点がすばらしいなと思いましたが、子どもが「これ上手に描けるかな」「気に入ってもらえるかな」といった評価を自分で勝手にしてしまい、きれいに描くことばかり意識が向いていしまうことは、案外あるのではないでしょうか。

そうではなく、先生方にはぜひ子どもたちが描きながら笑っているような環境をつくっていただきたいなと思います。音楽を流すなどの環境づくりもいいですし、後片付けしやすい工夫などをしておいて、子どもの行動をできるだけ「許していく」ことも表現を伸ばす大きな鍵になるでしょう。

私の園では、園庭の壁に模造紙を貼って、いろんな色のポスターカラーを布に染み込ませて投げるような活動をやっています。汚れてもいい服を着て、とにかく思い切り投げる。そのとき、「まだまだ!」と大人が全力で投げる姿を見せていくことで、子どもたちもどんどん表現をしていくようになるんです。

ご自身が自分の保育に“制限”を加えてしまっていないかを今一度振り返っていただき、子どもの表現を「懐深く受け止める」ことを意識してみてください。

感性を磨きながら、大人も夢を叶える

馬場子どもの表現を受け止めるときには、保育指針のなかに出てくる『応答的な関わり』もとても重要です。

声や動き、表情から一人一人の「楽しんでるよ」「気持ちいいよ」といった感情をしっかりと汲み取り、レスポンスを返していく。乳児に対してもやさしく微笑みを返し、喃語にも「きっとこうかな……」と考えながら『表情豊かに』寄り添っていただきたいんですね。

体の動きや表情、発声、喃語等を優しく受け止めてもらい、

馬場では、どうしたら『表情豊かに』関わることができるのか。私が一つ言っているのは「すごいね禁止令」です。

子どもたちが何かを表現したときに、「すごいね」の言葉で簡単に済ませてしまうことってないでしょうか。でも、表現というのは良い「合いの手」があることで、子どもたちのなかに「もっと話そうかな」「もっと表現しようかな」という気持ちが育っていきます。

例えば「はっ」と驚いたり「う〜!」と言いながら頬に手を当てたり、「うっ見ちゃった!」って顔をしたり。ぜひ、いろんな反応の仕方を身につけていただきたいと思います。

それと同時に、大人が自分自身の感性を磨いていくことも重要です。おいしいものを食べたりきれいなものを見たり、それぞれの年齢や地域に合った磨き方があるはずです。例えば私の園では、冬になると薪ストーブを焚いて、みんなに火の温もりや炎の揺らぎを感じてもらえるようにしています。もちろん自然のなかで、子どもたちと一緒に流れる雲や木の葉が揺れる様子を楽しむことも、先生方には大切な時間になるでしょう。

結びに

馬場そしてもう一つ、みなさんには「自分自身が保育を楽しめているかどうか」をこの機会に振り返っていただけたらと思います。

保育士が“やらされている感”で子どもと接しているのか、それとも保育室を自分の夢を叶える場にできているのか。子どもたちはきっと、先生方の背中を見ているはずです。

表現活動を考えるとき、「どんな楽譜で」「どんな絵本で」「どんなセリフで」……と考える前に、まずは「自分の夢を叶える」ことを考えてみる。そのうえで、子どもたちの姿を受け止めるような保育を行っていただけたらと私は思っています。

感性を磨きながら、大人も夢を叶える

※ 90分の講義内容から、馬場さんのメッセージを記事として再構成しました

講師:馬場 耕一郎(ばば こういちろう)
内閣府子ども・子育て本部 上席政策調査員。社会福祉法人友愛福祉会 おおわだ保育園 理事長。2017年3月まで、厚生労働省子ども家庭局保育課保育指導専門官として『保育所保育指針』の改定などに携わる。寿太郎の名で、「ラジオ体操 第1・第2 ご当地版」大阪弁を担当するなど活躍中。
企画・主催:大友 剛(おおとも たけし)
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。

(構成・執筆/佐々木将史

<『春の保育アカデミー』の続編となるセミナー『夏の保育・教育アカデミー』が、2021年8月に開催されます(Peatixにて受付中)。10名の講師による8講座、すべての講演で見逃し配信に対応。団体申し込みの場合は臨時職員・保護者への無料招待つき。詳しくは下記サイトをご覧ください>

保育アカデミー公式サイト

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