手ぶら登園保育コラム

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「気づき」ひとつで保育はおもしろくなる——『夏の保育アカデミー2020』③井桁容子

「気づき」ひとつで保育はおもしろくなる——『夏の保育アカデミー2020』③井桁容子

「今もたくさんの困った状況がありますが、まずは周囲のせいにしないで、自分にできることを考えてみる。その一番の近道が、子どもへの『まなざし』を振り返ることだと思うんです」

コロナ禍で、多くの研修会や講演が中止されてしまった2020年。

8月にオンラインで開催された『夏の保育アカデミー』3日目の講師、井桁容子先生はそう穏やかに語ります。

オンライン講習会 夏の保育アカデミー

乳幼児教育研究家の井桁先生が掲げたテーマは、『まなざしで保育が変わる』。この日も、数百人の受講者からは多くのコメントや質問が寄せられました。

2日目の汐見先生の記事に続き、ベビージョブ編集部ではその模様をダイジェストでお届けします。今回も長い記事ですが、ぜひ日々の保育の振り返りに活用していただければと思います。

「意味の世界」を豊かに育む——『夏の保育アカデミー2020』②汐見稔幸

原体験が『まなざし』への疑問に

講演の冒頭では、他の講師の方々と同様に井桁先生からも、今の自分につながる「子ども時代の原体験」が共有されます。

例えば、井桁先生は小学生の時に弟さんを、高校生の時にお父さんを亡くされました。そうした経験が、先生が『まなざし』について考える際に大きく影響を与えていると言います。

井桁「朝元気だった人が急に消えてしまう。どれだけ泣いてもずっと会えない。こういう経験をしたことで、私は『人生って真面目に生きないと、後で悔やむことがいっぱいあるんだ』と学びました。

同時に、嫌だったりつらかったりする経験を『何とか生かしてみよう』と思うようになった気がします。自分が不幸の塊だと思えば終わりだけれど、『悲しい人の気持ちがわかることで、その人の役に立てるんじゃないか』って。

なので、どんな経験も生かせば何とかなる……そんな思いも、今は抱いていますね」

井桁容子先生井桁容子先生

また、井桁先生は小さい頃から「どうして?どうして?」とたくさん聞く子どもで、それをお父さんが常に受け止めてくれたのだと言います。

問いを重ねる中で、先生のお父さんはたまに「いい質問だね」と返してくれました。そうした経験から、「みんなの見方と違う角度から問いかけるといいらしい」とも気づくようになったそうです。

井桁「こんな私が保育者になったので、『子どもの状態には同じなのに、何でこうも対応が違うんだろう?』『どうして怒っちゃう人と、何もできない人と、笑う人がいるんだろう?』なんてことが気になるわけですね。

色々と調べていくと、どうも人によって『まなざし』が違うらしい、とわかりました。じゃあ、その見え方って一体何なのか。『まなざし』の違いはなぜ出てくるのか。私はずっとそれを知りたいなって思っているんです」

一円玉は本当に「丸い」?

井桁先生はこの日、自身が「おもしろいな」と思った研究者や起業家を何人も紹介していきます。

そして、その多くが幼少期に周囲の理解を得られず苦しんでいたことに触れ、「天才を潰してしまう可能性は、保育の中にもいつもある」と指摘します。

井桁「みんなと同じことができなかったり、暴れてしまったりするとき、つい理由も聞かずに抑えこんでしまってないだろうか。今すごく活躍してる人たちがいる一方で、自分はダメだと思わされ、消えてしまいそうになってる人は他にもいるはずです。

才能ある子どもたちが、自分のいいところを生かせないなんて本当にもったいない。むしろ、こういう人たちがたくさん出てくるような保育や教育でありたいと、私は思うんですね」

現代の面白い大人たちの子ども時代(当日の資料より)

そうした保育や教育を考えるとき、鍵になるのが子どもへの『まなざし』、それも多様な捉え方です。「一方向から決めつけた見方をしていないか」と振り返る方法として、井桁先生は座右の1冊、『「非まじめ」思考法』(講談社)を紹介しました。

井桁「私が『ああ、この子がダメな子のように見えてきた……』と思ってしまうときはこの本を読んで、『角度を変えるんだ』って言い聞かせてきました。

著者の森政弘さんは工学博士ですが、『新しいものを生み出すときに、見る角度がいつも平たいと発明はできない』と指摘しているんですね。そして、実際に色んな角度でものを『観る』ことを書かれています。

例えば、一円玉の形。多くの人が『丸い』って答えると思うんですが、真横から見て『細長い四角』と言うこともできますよね。『私が正しいと思っていても、違うことってこんなにあるんだな』と気づかさせてくれる本です」

「観る」ということに、いつの間にか拘るようになっていた

子どもは「産んだ親」が育てるもの?

また、保護者への『まなざし』も同様に考える必要があります。

親なんだから当たり前。親なのに。親があんなだから。子どもの育ちを見るときに、保護者に原因を求める視点はないでしょうか。

表面上の判断だけで「冷たい親」と決めつけ、実際に話を聞いたら家では全然違った——そんな経験は、自分にもあると井桁先生。だからこそ、見えているものの裏側に「何か訳がある」という捉え方を、保護者に対しても心がけたといいます。

ペアレンティングに異議(当日の資料より)

井桁「保護者についてはさらに、『ペアレンティング』(親が子どもを育てること)自体を見直すことも大事だなと思います。

実際に、ゴプニックという研究者が、親に責任を持たせ過ぎる『ペアレンティング』に異議を唱えているんですね。この方が著書の中で書いているのは、そもそも人間が生き残ってこれたのも、産んだ人に子どもを育てさせるのではなく『みんなで育て合ったほうがより良く育つ』と考えてきたからだと。

人間は本来、社会全体で子どもたちを支えないといけない。子育てに関わる本がいくつ出ようと『これだ!』と決まっていかないのも、結局親だけで完結しないことだからだ、と述べているんです。

生物学的な親“以外”の人たちこそが、安全で安心な温かい環境を保証する必要がある。そういったことは以前から私も感じてはいましたが、今はこうした根拠のある研究結果も出てきていて、私たち保育者の保護者観に一石を投じてくれるようになっています」

あるがままの感性を「リスペクト」する

とはいえ、保育の中で豊かな『まなざし』を持つことは、言うほど簡単ではありません。私たちの社会には、人への見方を固定化させてしまう考え方や言葉がたくさん残っています。

例えば、よく言われる“いい子”という表現。

これを発する際の視線は、子どもの育ちを考えたとき、果たして適切なものでしょうか。大人にとっての都合の“いい子”ではなかったか、若い世代の現状を示しながら井桁先生は問いかけます。

井桁「実は何年も前から私のところには、20代の方たちからの『もう死にたいです』というSOSがよくきます。その理由を探っていくと、共通して『親の期待に一生懸命応えてしまった人たち』なんです。

そういう方たちに、『あなたの好きなことをやってみたら?』と言ってみると『自分の好きなことが何だかわかりません』って答えます。なぜなら、ずっと『親が笑ったらやって、怒ったらやらない』ことをしてきたから。

1人や2人じゃなく、悲しくなるほどみんなそうなんですね。これが、頑張って“いい子”を育てようとしてきた教育の結果だと思うんです」

そうした状況を前に、これからの保育者が考えるべきことは何か。井桁先生は前提として、きちんと「いきもの」として見る重要性を指摘します。

いのち愛づる姫子どもを「いきもの」として見る手助けとして、講義内で紹介された『いのち愛づる姫』(藤原書店)。“あるがままをよしとし、小さな生きものが懸命に生きる姿を見つめ、それを「愛づる」ことは生きものを知る基本でしょう”——解説より引用

井桁「やっぱり幼児期って、混沌としてぐちゃぐちゃなわけですよ。でも、このぐちゃぐちゃなものが、やがて育っていく上でとても重要な役割を果たしているんです。

なので、私たちはもう少し、人間の育ちというものをじっくり待つ。急いで蝶にすることなど出来ないわけで、毛虫の間に時間をかけて、中身が育つことを信じて待つ必要があると思います。

それに子どもって、1歳や2歳でも、もう十分にさまざまなことを考えたり、感じたりする力があるんですね。ひとりの人間という存在として本気でリスペクトしていくと、子育てや保育がもっと楽しくなるんじゃないかなと私は考えています」

温かな『まなざし』で、子どもが安心できる環境を

日本の保育教育の先駆者である倉橋惣三は、子どもの傍にいる大人に必要なものとして、「驚く心」、子どもと一緒に心を動かす重要性を挙げています。いわば、子どもの気づきへの「共感性」です。

そこを保育の中で振り返るとき、井桁先生には参考にする考え方があると話します。それが、西澤哲教授(山梨県立大学)の指摘する「共感的関心」「他者視点」「共感的苦痛」の3つです。

共感性(当日の資料より)

井桁「大人が子どもに向ける言葉の中に、『もうやめなさい』『うるさい』『言うことを聞くのが一番お利口な子』といったものを聞くことがありますが、これらはすべて自分の感覚に過ぎません。

西澤先生の指摘する3つの要素の、どれにも当てはまらない、つまり子どもに共感していない。共感性を大事にしているのであれば、こういう言葉が飛び交うことはないはずなんです」

大人がやるべきことは、子どもを押さえつけたり、何かを教え込んだりすることではく、自分でものごとに向き合う力を育てていくこと。この日井桁先生は、さまざまな事例や研究を通じて、これを繰り返し述べていきました。

困った子どもが増えたのではなく困った大人に子どもが困らせられている時代

井桁「今回のコロナもそうですが、人生って思いがけないことが起こるのが当たり前なんですね。でも、『決まったことを決まったように』というだけの保育をしていると、こんな時にお手上げの人を育ててしまうわけです。

そうしないためには、『子どもが自分で吸収していける環境』をつくることが本当に大事になります。

安心する場所で守ってあげて、子どもたちの見たいもの、聞きたい音、知りたがっていることなんかをていねいに保証してあげる。その方がずっと、これからの未来を生きていく人たちの、しなやかなに育ちにつながるのではと思うんですね」

目の前の子どもに温かいまなざしを向けてほしい(当日の資料より)

セミナーの最後に、井桁先生は改めて「目の前の子どもに温かいまなざしを向けてほしい」と参加者に伝えます。

井桁「まずは今を大切にして、自分自身も子どもも“育て急がない”ことです。

保育者としてのもどかしさ、親としての至らなさって誰もが感じてしまいますが、そうするとつい他の保育者や保護者が立派に見え自信がなくなります。また、頑張りすぎると硬くなってしまい、人の話を跳ねのけます。

そうではなくて、目の前の子どもの姿から『こんなにおもしろいことはない』と感じながら学ぶ。子どもも自分自身もありのままを大切にしながら、保護者にも『今この時が幸せなんですよ』って気づくことのできるお手伝いができるといいな、と私は考えているんです。

そうした大人のまなざしや心がけは、保育指針などに書かれている『受容的で応答的な関わり』につながっています。

温かいまなざしがある場所。いつまでも子どもたちが『そこへ行けばほっとする』と感じられる場所。それが保育園であり、保育者であり、家庭であったら素敵だなと、私は思うんですよね」

【質疑応答】

数多くの研究や事例を交え、行われた1時間の講演。井桁先生に対しても、参加者からはたくさんの悩みや質問がZoomのチャット欄に寄せられました。以下、いただいた回答の一部を紹介します。

一緒に働く仲間と、子どもたちのことをわかり合えていないように感じます。一円玉のお話のように、「形がさまざまに見える」のは同僚も同じかと思いますが、どのように振り返りの時間を持てばわかり合えるでしょうか?

井桁「私もね、そこの葛藤はずっとありました。ただ、自分の見え方の方が正しいと思うのってやっぱり危険なんですよね。

ある若い保育者の子どもへの対応を見て、ベテラン保育者が『子どもへの対応が遅いな』と感じることがあったそうです。ところが、そこにはきちんと理由がありました。実は、子どもの気持ちが動くのを待っていて声をかけなかったんですね。

後日園内の研修のときにその意図を聞いて、もう目からウロコだったと。『私はあの先生が、自信がなくてもたもたしてるんだ、と思ってたけど違ってた。勉強になった』とのことでした。

やはり、角度を変えた視点を人からもらうことって、とても重要なんですね。私も一方的に決めつけることをしないように気を付けて、『先生、あれはどうしてそうしたんですか?』と経験の浅い保育者に確認するように心がけました。また、園内研修で一人ひとりがステキだなと思うことをみんなで表現し合って共有していました。

そうやって『あの先生の子どもへの関わり方にはこんな思いがあるんだ』とわかっていくと、お互いの保育にすごくいい刺激になるのかなと思います」

【質疑応答】

「右向け右」のような教育を受けてきた人が、保育者の中にも多くいます。どうすれば多様なまなざしを向けたり、子どもの自由を保障できたりする保育者へと、価値観を変えていけるでしょうか?

井桁「保育者主導の保育をやってきた先生、また実際にそれで育った先生がたくさんいる中で、『ずっとこうしてきた』と言われると、否定するのって難しいですよね。しかも保育者はとても忙しいので、せっかく指針が新しくなっても、その子ども観・保育観の変化を現場に下ろせるほど読み込む時間が取れていない。

けれど、そうやって大人都合の子どもを育てていった結果、今どうなっているでしょうか。日本は19歳以下の自殺死亡率が先進国の中でトップ。これって、子どもたちの育ちに何があったかの答えではないかと思うんです。その事実にまずは気づかないといけません。

で、私が願っているのは、気づいた人から行動を変えてほしいってことなんですね。『決めつける前に、これ何でだろうって思うようにしよう』とか、ちょっとずつでいいんです。

私は自分以外の人を、自分にない能力を持った大事な“宝物”として尊敬していきたいし、それをできるだけやることで、『死なないで済む人が1人でも増えるかもしれない』と考えてます。このコロナ禍だけでも大変なのに、そうしたことが原因で私のところに届く命のSOSは本当にいっぱいあるんです。

それを変えられるのは、保育者ひとりずつの自覚からしかない。なので、ぜひ『今から、ここから』というふうな気持ちを持ってもらえたらと思いますね」

<3日目のセミナーはここまで。次回は最終日、写真家・小西貴士さんの講義です。>

講師:井桁 容子(いげた ようこ)
乳幼児教育研究家。非営利団体コドモノミカタ代表理事。2018年3月まで42年間、東京家政大学ナースリールームにおいて0〜3歳児の保育の実践と研究に従事。現在は講演などを通じて、日本の子どもがおかれる環境の質の底上げに尽力中。NHK教育「すくすく子育て」に出演。著書に「0・1・2歳児のココロを読みとく保育のまなざし」など多数。
プレゼンター・進行:大友 剛(おおとも たけし)
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。

(取材・執筆/佐々木将史

※ 11月に今回の続編となる『秋の保育アカデミー』が開催されます。次は全5日間の講演で、すべて見逃し配信あり。気になる方はこちらもチェックしてみてください。

秋の保育アカデミー/Hoickおうちセミナー~明日の保育のために~

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